今回は名古屋市名東区のauto galleria LUCEに展示されていたSAAB 92(サーブ・92)を紹介します。
SAABの歴史と実績

サーブは、1947年にスウェーデンで創業した自動車メーカーです。
同社は元々スウェーデンの空軍向け戦闘機等を製造する航空軍需品メーカーでしたが、第二次世界大戦(1939-1945)の終結により軍需品市場の先細りが見えたことで、自動車産業に参入しました。
サーブ最初の自動車は1949年に登場した「サーブ92」です。
航空会社らしく開発時には当時としては珍しい風洞実験がおこなわれ、プロトタイプの2ドアのクーペボディは0.30という空気抵抗値を誇っていました。
エンジンは水冷2気筒764ccの2サイクル、戦闘機生産で余った塗料を流用したため、車体色は全て緑色でした。
1960年には「サーブ96」が登場。
「サーブ96」はサーブとして最初の世界戦略モデルとして輸出され、その珍しさからアメリカ等で人気となりました。
「サーブ96」は数多くのラリーに参戦し結果を残したことでも有名です。。スウェーデン出身のラリードライバーであるエリック・カールソンは、非力ながらもトランクションで有利なFFの特性を活かし、RACラリー、モンテカルロラリーで優勝という素晴らしい結果をもたらしました。
1968年には「サーブ99」が登場。
航空機で培った技術が用いられた特徴的なデザインと、英国のトライアンフ製エンジンにより成功を収めました。
1984年まで製造が続けられた「サーブ99」は、1977年に量産車初のターボエンジンが搭載され、「99ターボ」という名称で人気を得ました。
1978年にはターボエンジンを継承した「サーブ900」が登場。
サーブのベストセラーカーであるこのモデルには、その後コンバーチブル(オープン)が追加され、販売台数の20%を占めるほど大人気となりました。
1984年には「サーブ9000」が登場。
「サーブ9000」にはイタリアのフィアット社と合同開発した新型プラットフォームが使用され、このプラットフォームは他に「アルファロメオ164」、「フィアット・クロマ」、「ランチア・テーマ」にも使用されました。
1990年には新型「サーブ900」が登場。ゼネラルモーターズ(GM)の関与により、オペルとプラットフォームを共有した最初のモデルでした。
1997年からは「サーブ900」は「サーブ9-3」と名称を変更。同時に「サーブ9000」も「サーブ9-5」と変更されました。
2000年にはゼネラルモーターズ(GM)の完全子会社となり、サーブブランドで「サーブ9-3」「サーブ9-5」を販売したものの経営は低迷、2010年にオランダのスパイカーに売却されました。
その後は一旦スウェーデンの自動車会社であるNEVS(ナショナル・エレクトリック・ビーグル・スウェーデンに買収されたものの、2017年にサーブブランドは消滅となりました。
SAAB 92(サーブ・92)

SAAB92はサーブ社が世に送り出した最初の量産自動車。

航空機メーカーらしく、ボディの開発には風洞実験を行ったため、如何にも空気抵抗が少なそうなデザインとなっている。

ボディとフレームを一体化して強度を持たせたモノコック構造は、当時としては先進的な技術だった。

エンジンは水冷2気筒764ccの2サイクルエンジンを横置きし、3速トランスミッションを経由して前輪を駆動させていた。

展示車は薄青色だったが、SAAB92が発売された当時のボディ色は全て緑色だった。
第二次世界大戦中に戦闘機の塗料として使用していたものが大量に余っており、それを流用したためと言われている。

SAAB92は
サスペンションはトーションバーを採用し、トランクションで有利な前輪駆動のメリットを活かしラリーでも活躍した。
SAAB 92(サーブ・92)のYouTube動画
田舎道を走る深緑色にペイントされたサーブ92の映像。
動画冒頭に響き渡る2ストロークエンジンのサウンドは必聴。
同色にペイントされた室内もとてもおしゃれです。
サーブ92は日本に2台しかない希少車だそうです。
...ということは、この動画に映っている車と今回auto galleria LUCEで見た車の2台ということでしょうか???
こちらはラリーで元気に走り回るサーブ92の映像です。
軽い身のこなしが印象的。
やはり車はレースコースで走らせるからこそ、その魅力が引き出されるように思います。